1. はじめに:なぜ僕たちのフィードバックは機能しないのか
40代になり、中間管理職としての日々は多忙を極めている。自分自身の担当業務(プレイング)を抱えながら、数人のメンバーのマネジメントもこなす。正直なところ、部下一人ひとりの育成に十分な時間を割けているとは言い難いのが本音だ。
多くの日本企業において、フィードバックとは「年に1、2回の評価面接で、上司が一方的に部下の評価を伝える機会」だと捉えられている。僕が今所属している外資系コンサル企業でも、あるいはかつて在籍していた日系保険会社でも、実態は似たようなものだった。評価の時期になると慌ててメンバーの情報を集め、面談で結果を伝えておしまい。これでは部下が育つはずもない。
そんな閉塞感の中で僕が手にしたのが、安田雅彦氏の著書『世界標準のフィードバック』である。本書を読み進めるうちに、僕がこれまで「フィードバック」だと思っていたものは、その本質から大きくズレていたことに気づかされた。
フィードバックの基本概念とは、「期待されているあなた」と「実際のあなた」のギャップを示し、そのギャップを埋めていくことを成長の機会として捉えさせることにある。この概念を真に理解し、組織の成長に貢献できているマネージャーが日本にどれほどいるだろうか。僕も含め、大半のマネージャーはこの本質に気づいてすらいないのが現実ではないか。
2. 「パワハラ」の恐怖から逃げないためのマインドセット
現代のマネージャーが抱える最大の不安の一つに、「良かれと思ってした指導をパワハラだと言われたらどうしよう」という懸念がある。僕の会社でもハラスメント研修には非常に力が入れられており、パワハラが企業にとって大きなリスクであることは身に染みて理解している。
しかし、本書は耳の痛い指摘を投げかける。パワハラを理由に指導を避けるのは、普段のコミュニケーション不足が招く「自信のなさ」を昨今の風潮にすり替え、本来上司がやるべきことから逃げているだけではないか、と。もちろん、ハラスメントには細心の注意を払う必要がある。だが、業務上必要な指摘を放棄していい理由にはならない。
大切なのは、フィードバックを「相手を攻撃するための武器」ではなく、**「相手の成長のために贈るギフト」**として定義し直すことだ。たとえ耳の痛い内容であっても、それが相手の将来のためを思った「ギフト」であるという前提があれば、伝えるべきことを伝える勇気が湧いてくる。
僕自身、40代を過ぎてフィードバックを受ける機会は減ってきた。だからこそ、今になって振り返れば、かつて厳しい指摘をしてくれた上席たちの言葉が、いかに有益な「ギフト」であったかを痛感している。
3. 感覚を排除する論理の武器「EECモデル」
効果的なフィードバックを行うためには、主観を排した「事実」の提示が欠かせない。僕も現場で目撃したことがあるが、シニアマネージャーが若手の資料を見て「なんかイケてないんだよなあ」と言い、「イケてる感じに直しておいて」と丸投げして終わらせるパターン。これは本書が指摘するフィードバックのNG例そのものである。
感情論を排し、ロジカルに内省を促す技術として、本書では**「EEC」**という構造を提唱している。
| 要素 | 内容 |
| ① 事実 (Example) | 実際に起きた具体的な行動や事象を伝える |
| ② 効果 (Effect) | その行動が周囲や組織に及ぼした影響を伝える |
| ③ 提案 (Change / Congrats) | 改善の提案、あるいは賞賛を伝える |
これは中原淳氏の著書『フィードバック入門』で紹介されている「SBI(Situation, Behavior, Impact)」とも共通する考え方だ。共通項は、とにかく「事実」と「その影響」を正確に把握し、伝えることにある。この構造を使うことで、部下は「なぜその指摘をされているのか」を客観的に理解でき、自省へと繋げることが可能になる。
フィードバック入門については当ブログでも紹介しているので参考にされたい。

4. 土台としての「目標設定」と「自己開示」
フィードバックの技術を学んだとしても、それが機能するための「土台」がなければ意味をなさない。その土台とは、事前の綿密な目標設定である。
評価の結果に対して部下が納得感を持てるのは、本人が心から納得している目標が設定されている時だけだ。正直、目標設定は僕が最も苦手とする役割だが、ここを疎かにしてフィードバックの成功はあり得ない。部下本人が適切な目標に気づき、本人の意志で設定させるための議論が必要になる。
また、多様性を前提とするグローバルな環境や、価値観の異なる世代間においては、信頼関係は「努力」して築くものである。僕は、プロジェクトの初期段階で自分のキャリアや価値観を「自己開示」するようにしている。これは自分をオープンにすることで、敵意がないことを示すプロセスだ。
5. フィードバックは「待つ」ものではなく「取りに行く」もの
最後に、マネージャーである僕たち自身が持つべき姿勢について触れたい。
僕の上司も多忙であり、向こうから手厚いフィードバックが来ることは稀だ。だから僕は、自分から1on1を設定し、「今月の自分の動きに対してフィードバックをください」と上司に迫るようにしている。
「会社がフィードバックをくれない」「上司が指導してくれない」と嘆くのはお門違いだ。フィードバックは求めなければ与えられないものであり、求めた者にこそ、その価値は与えられるのである。
6. おわりに:魔法の杖(シルバーバレット)は存在しない
残念ながら、この本を読んだからといって、明日から部下がいきいきと働き出すような「魔法」は存在しない。いつの時代も、どんな分野でも、Silver Bullet(特効薬)は存在しないのである。
日々の観察、情報収集、そしてコミュニケーションを通じた信頼関係の構築。こうした地道な努力の積み重ねの上にしか、効果的なフィードバックは成立しない。
しかし、事実に基づいたフィードバックを継続した先には、部下が自らの意志で目標を見出し、成長していくという確実な成果が待っている。僕自身、この「EEC」の考え方を取り入れることで、部下の自省を促すことに手応えを感じ始めている。部下への指導に悩む全ての中間管理職にとって、本書は甘い救いではないかもしれないが、確実に効く「処方箋」となるはずだ。

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