『トリガー』という名の外部記憶装置。意志力の「敗北宣言」

深夜の書斎。 一日酷使した脳をクールダウンさせながら、その時の気分に合わせたペンを手に取る。 インクが紙に染み込む速度で、今日の自分を振り返る時間だ。

最近、自己管理(セルフマネジメント)というプロジェクトの難易度に辟易していた。 業務におけるタスク管理やチームのKPI設定は呼吸をするようにこなせるのに、こと「自分自身の行動変容」となると、なぜこうも歩留まりが悪いのか。

忙殺を言い訳に、成長のための投資や、時間の質の向上といった重要事項が、思考のブラックホールへと消えていく。

そんな折、一冊の本に行き着いた。 マーシャル・ゴールドスミスの『トリガー 自分を変えるコーチングの極意』。

結論から言えば、本書に魔法のような新技術は書かれていない。 だが、ここには僕の慢心を粉々に砕く、冷徹な「事実」が記されていた。

目次

システムの前では、プロも「無力」である

著者のマーシャル氏は、世界的なエグゼクティブ・コーチだ。いわば「人を変える」ことにおける最高権威である。 その彼が、自身の行動を律するために何をしているか。

毎晩、カネを払って他人に電話をかけさせ、自分の行動をチェックしているというのだ

これを知った時、ある種の敗北感と共に、強烈な納得感が腹に落ちた。 人間の行動変容を誰よりも熟知した人間が、「自分一人では自分を律しきれない」と認め、他人のリソースを使って仕組み化している。 意志の力(ウィルパワー)などという不確かなリソースに依存せず、システムで解決を図っているのだ。

プロですら、外部装置に頼る。 ならば、僕のような凡人が「固い決意」ごときで変われる道理がない。 「自分の意志が弱い」のではない。「意志に頼る設計」そのものがバグだったのだ。

そう認めた瞬間、肩の荷が降りた気がした。

「能動的な問い」というアルゴリズム

そこで僕も、本書のメソッドを自身の「ログ」に組み込むことにした。 さすがに毎晩電話をかけてくるアシスタントは雇えない。代用するのは、手帳とペンだ。

このメソッドの肝は、自分への問いかけを「能動的な質問(Active Questions)」に変換することにある。 「今日は〇〇ができたか?」という結果(Outcome)を問うのではない。 「〇〇するために、最大限の努力をしたか?」と、プロセスへの介入度を問うのだ。

結果は環境要因に左右される。だが、努力の有無は100%、自分に主権がある。 これを毎日、スコアリングしていく。

「退屈」はバグではない、仕様の欠陥だ

現在、私の手帳のヘッダーには、毎晩必ず答えるべき問いが刻まれている。

「仕事の時間を楽しいものにするために、最大限の努力をしたか?」

これが意外なほど効く。 かつての僕は、不毛な会議や単調なドキュメント作成に対し、「つまらない」「無意味だ」と内心毒づいていた。環境やタスクの質に依存し、受動的に評価を下していたに過ぎない。

だが、この問いを前にすると、言い訳が封じられる。 仕事がつまらないのではない。それを楽しもうと試行錯誤(ハック)していない自分が、そこで思考停止しているだけだ。 環境が面白さを提供してくれるのを待つユーザー気分でいた自分に気づかされる。

「つまらない」と切り捨てる前に、この時間を少しでも有意義にするために、どんな工夫をしたか。 そう自問すると、自身の行動ログには「NO」ばかりが並ぶ。 改善の余地(ホワイトスペース)は、まだ自分の中に残されていたのだ。

変革を望む者だけのデバッグツール

先日、同世代の部下と面談した際、「基本的に人は変わらない生き物だと思う」という話題が出た。 『トリガー』読了直後の僕なら「仕組み次第だ」と反論しただろう。だが、私は黙ってその主張をする彼を受け入れることにした。

彼は恐らく、「変われない」のではなく、「変わりたくない」のだろう。 現状維持バイアスという心地よいぬるま湯に浸かっていたい人間に、外部からの介入はノイズでしかない。

このメソッドは、劇薬だ。 現状に満足している人間には全く響かない。むしろ不快感を増幅させるだろう。 だが、もし心のどこかで「最適化したいのになぜか上手くいかない」と、自己変革の泥沼でもがいているなら。

プロですら実践しているこの泥臭い「問い」は、人生をデバッグする強力なツールとなるはずだ。

深夜、静寂の中でペンを走らせる。 今日のスコアは、まだ及第点には程遠い。だからこそ、明日もまた、問い続けるのだ。

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この記事を書いた人

40代のITコンサルタント / マネージャー。
0と1のデジタルな世界で「効率」を追求する反面、プライベートでは「手触り」のあるアナログな道具を愛する。
愛機はFUJIFILM X-E4とLAMY Safari。
都内近郊の「窓のない書斎」にて、仕事道具への投資対効果と、大人の生活の質(QOL)について思考する日々を記録中。

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