新刊を「汚して」読む。Kindleではなく紙の本を選ぶ、合理的な理由。

ドッグイヤーで折り目のついたページ

普段の僕は、外資系ITコンサルタントとして、0と1のデジタル世界にどっぷりと浸かっている。
クライアントには「データの保全」や「検索性の向上」、「DX推進」を説くのが仕事だ。効率こそ正義。紙などという物理媒体は、排除すべきコストでしかない。

だが、ことプライベートの読書、特に「学び」を目的としたインプットに関しては、僕は頑なに「紙の本」を選び続けている。
電子書籍(Kindle)は、漫画以外ではほとんど開かない。

それだけではない。僕は買ったばかりの新刊を、徹底的に「汚して」読む。
ラインを引き、角を折り、余白に書き込む。

「本を汚すなんてとんでもない」
そう眉をひそめる人もいるだろう。しかし、これには明確なロジックと、デジタルでは再現できない「知識定着」のメカニズムが存在する。

今回は、デジタル信奉者の僕が、なぜあえてアナログな「紙」に回帰し、新築の家に「壁一面の本棚」まで作ってしまったのか。その理由を共有したい。

目次

本は「プロが書いたきれいなノート」に過ぎない

昔読んだ本の中に、腑に落ちた言葉があった。
「本というのは、その道のプロが書いた『きれいなノート』である」

この定義は、IT屋の視点から見ても非常に正しい。
書店に並んでいる新品の本は、あくまで「他人のデータ」だ。そのままでは自分の脳にはインストールされない。

学生時代を思い出してほしい。黒板の文字をただ漫然と書き写したノートで、成績は上がっただろうか?
先生の余談をメモり、重要箇所に赤線を引き、疑問符を書き殴る。そうやって情報を加工して初めて、知識は定着したはずだ。

大人の読書も同じだ。
完成された「プロのノート(=本)」に、蛍光ペンでラインを引き、自分の思考を上書き保存(オーバーライト)していく。
そうすることで、その本は単なる読み物から、世界に一つだけの「自分の思考が入った外部データベース」へと進化する。

ここが、僕が電子書籍をメインにしない最大の理由だ。
Kindleのハイライト機能も悪くはないが、「余白に矢印を引っ張り、図解し、罵倒や称賛を書き込む」という自由度は、やはり紙のUI(ユーザーインターフェース)には勝てない。

「0.5秒」で刻む、思考のアンカー

具体的な読み方は、元コンサルの山口周氏が提唱するスタイル(『独学の技法』)をベースに、自分なりにアレンジしている。
やり方はシンプルかつ、野蛮だ。

  1. 引く: 「今の業務に使える」「面白い」と思った箇所に、迷わずラインを引く。
  2. 折る: 線を引いたページの角を、容赦なく折る(ドッグイヤー)。

一時期は「付箋(ふせん)」も試した。だが、あれはダメだ。
本からピロピロと飛び出すのが美しくないし、カバンの中で折れてゴミになる。何より、付箋を剥がして貼るという「ワンアクション」すら、没入した脳にはノイズになる。

その点、ドッグイヤーは速い。
指で角を摘んで、折る。所要時間は0.5秒。
このスピード感が、読書のリズム(レイテンシ)を崩さないための最適解だ。

「指を引っ掛ける」検索が生む、セレンディピティ

読み終わった後、このドッグイヤーは最強のアナログ検索インデックスとして機能する。
再読する際は、折れ曲がった角に指を引っ掛け、そこだけをパラパラと開いていくのだ。

電子書籍の「キーワード検索」は便利だが、優秀すぎて「その単語がある行」しか目に入らない。
対して、紙の本でドッグイヤーを開くと、自然と前後の段落や、見開き全体のレイアウトも目に入ってくる。

「あれ? 当時はスルーしたけど、今の自分にはこの『前後の文脈』の方が重要じゃないか?」

そんな偶然の発見(セレンディピティ)が、紙の本では頻繁に起こる。
「なぜ当時の僕は、ここに線を引いたのか?」と過去の自分と対話する。
文脈を含めた「空間」として情報を再取得するには、今のところアナログな紙束が最強のデバイスだ。

検索性より「一覧性」。壁一面の本棚というロマン

合理性だけで言えば、本は電子データ化した方がいい。場所も取らないし、引越しも楽だ。
それは重々承知している。だが、僕は新築の書斎に「壁一面の本棚」をあつらえた。

本棚とは、単なる収納家具ではない。「自分の脳内インデックスの可視化」だ。

ズラリと並んだ背表紙を眺める。
「あの時期はマーケティングに飢えていたな」「最近、哲学書を読んでいないな」
背表紙というサムネイルをスキャンするだけで、自分の興味の変遷や、思考の偏りをモニタリングできる。この「一覧性」こそが、物理本の最大の機能だ。

本棚の前で腕組みをし、今の課題を解決してくれる一冊(モジュール)を選ぶ時間。
それは、自分の外部脳にアクセスする儀式に近い。

Q&A:ごとう流・読書スタイルの裏側

最後に、よく聞かれる疑問について、コンサルタントとしての回答を置いておく。

Q. 持ち運びが重くないですか?
A. 重い。だが、それがいい。
Kindleなら数千冊を持ち歩けるが、選択肢が多すぎるのは時に集中力を削ぐ。「今日の相棒はこの一冊」と物理的に制約をかけることで、移動中の読書密度は最大化される。

Q. 本を汚すことに抵抗は?
A. 最初はあったが、今は「敬意」だと思っている。
「きれいに読んでメルカリで売る」ことよりも、著者の思考を骨の髄までしゃぶり尽くし、自分の血肉にすることの方が、その本に対する本当の敬意だ。リセールバリューは考慮しない。

Q. お金がかかりませんか?
A. 「消費」ではなく「投資」と考えよ。
本から得た知識で仕事のパフォーマンスを上げ、給与や単価を上げる。そうすれば本代など誤差の範囲だ。1500円で先人の知恵が買えるなら、これほどROI(投資対効果)の高い商品は他にない。

結論:僕は「体験」を残したい

もちろん、電子書籍を否定するつもりはない。小説や漫画はiPadで読むことも多い。

だが、「自分の知識として定着させたい」「何度も読み返して思考を深めたい」
そう直感した一冊に出会った時、僕は迷わず紙の本を選び、蛍光ペン片手に「汚す」準備をする。

新品の本に最初の折り目をつける瞬間。
それは、他人の知識が、自分の知恵に変わる合図なのだ。

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この記事を書いた人

40代のITコンサルタント / マネージャー。
0と1のデジタルな世界で「効率」を追求する反面、プライベートでは「手触り」のあるアナログな道具を愛する。
愛機はFUJIFILM X-E4とLAMY Safari。
都内近郊の「窓のない書斎」にて、仕事道具への投資対効果と、大人の生活の質(QOL)について思考する日々を記録中。

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